ある日突然、裁判所から「債権差押通知書」が届いたら、会社や企業の経営者の立場としては非常に驚かれるのではないでしょうか。従業員の個人的な問題ではありますが、会社にも法的な義務が生じます。この記事では、会社に「債権差押通知書」が届いた場合の、対処法と法的義務について解説します。
債権差押通知書とは?会社が知るべき基礎知識と法的義務
まずは、この債権差押通知書がどのようなもので、会社にどのような義務が生じるのか、基礎知識から確認していきましょう。
債権差押通知書の内容と法的な意味
債権差押通知書は、裁判所が債権者の申し立てに基づいて発行する、法的な効力を持つ正式な文書です。この通知書には、差し押さえられる債権(給与や退職金など)の詳細、差押えの範囲、そして会社(第三債務者)が取るべき具体的な行動が明記されています。
通知書を受け取った瞬間から、会社は「第三債務者」(債務者である従業員に給与などを支払う義務がある第三者)という法的地位に置かれ、民事執行法に基づく厳格な義務を負うこととなります。具体的には、従業員への給与支払いを一時停止し、差押え対象となる金額を裁判所や債権者に「供託」(預け入れること)する責任が発生するのです。
この通知書の法的効力は絶対的であり、会社の都合や従業員との関係性によって左右されることはありません。たとえば「優秀な従業員だから配慮したい」「退職を申し出られたので困る」といった事情があっても、法的義務は変わりません。もし通知書を無視したり、従業員に便宜を図ったりすると、会社自体が法的な責任を問われるリスクがあるため、注意が必要です。
また、通知書には「陳述書」の提出期限も記載されています。通常、通知を受けてから1週間程度で、従業員の勤務状況や給与額について正確な報告を行う必要があります。この期限を守ることは、適切な法的手続きへの協力姿勢を示すことにもつながります。
債権差押通知書と債権差押命令書の違い
多くの経営者様が混同しがちなのが、「債権差押通知書」と「債権差押命令書」の違いではないでしょうか。これらは似た名称でありながら、法的な意味合いや会社に求められる対応が大きく異なります。
両者の主な違いは以下の通りです。
■ 債権差押通知書
・送付先:会社(第三債務者)のみ
・目的:会社に「給与の支払停止・供託」など具体的行動を指示する
・会社への意味:実務的な指示(例:給与を債権者へ支払うように求める)
・法的効力:会社に給与支払停止などの義務が発生する
■ 債権差押命令書
・送付先:債権者(申立人)と債務者(従業員)の両方
・目的:差押えの決定が法的に確定したことを知らせる通知
・会社への意味:「差押えが決定した」という事実の告知
・法的効力:差押えの決定そのものに法的効力が生じる
つまり、命令書は「差押えが決まりました」という事実の通知であり、通知書は「あなた(会社)が実際に行うべき行動」を指示する実務的な文書です。会社にとって直接的に重要なのは通知書の方であり、この内容に従って速やかに対応することが法的な義務となります。
実務上、これらの文書は同時期に発行されることが多いのですが、到着のタイミングが前後する場合もあるでしょう。どちらか一方だけが届いた場合でも、裁判所に確認を取ることで状況を正確に把握し、速やかに対応を始めることが重要です。
第三債務者としての会社の立場と責任範囲
会社が債権差押通知書を受け取ると、法的には「第三債務者」という特別な立場になります。これは一体どういうことなのでしょうか。
「第三債務者」とは、債務者(従業員)に対して何らかの債務を負っている第三者という意味です。給与の支払義務がある会社がまさにこれに該当します。
第三債務者としての責任範囲は明確に定められており、主に以下の3つに分類されます。
・支払停止義務
通知を受けた日から、従業員への給与支払いのうち差押え対象となる範囲について停止する義務です。給与には、従業員の生活保障のため法律で差押えが禁止されている範囲(差押禁止額)が定められています。
・供託義務
差し押さえられた金額を裁判所に納付するか、債権者に直接支払う義務です。どちらの方法を取るかは通知書に明記されているため、その指示に従いましょう。
・陳述義務
陳述義務(債務者である従業員の勤務状況や給与額などを裁判所に報告する義務)では、従業員の雇用状況、給与額、勤務実態などについて正確な情報を裁判所に報告します。
重要なのは、会社は債権者と債務者の間の紛争に巻き込まれた第三者であり、中立的な立場を保つことです。従業員に同情したり、債権者に対して敵対的な態度を取ったりするのではなく、粛々と法的な手続きに協力することが、結果として会社をリスクから守る最善策となります。
対応を怠った場合の法的リスクと罰則
もし、この通知への対応を怠ってしまったらどうなるのでしょうか。会社が負う法的リスクと罰則についてもしっかりと把握しておきましょう。
債権差押通知書への対応を怠ったり、不適切な処理を行ったりした場合、会社は深刻な法的リスクに直面します。最も重大なのは、差押え対象となる債権額について、会社が全額の弁済責任を負う可能性があることです。
たとえば、通知書を受け取ったにもかかわらず従業員に給与を支払い続けた場合、その支払った金額について、会社が債権者に対して二重に支払う義務が生じることがあります。
月給30万円の従業員に3か月間不適切な支払いを続けた場合、差押え対象額が月7万円であれば、会社は21万円を債権者に別途支払わなければならない可能性が出てきます。
また、陳述書の提出を怠ったり、虚偽の内容を報告したりした場合は、10万円以下の過料に処されることが民事執行法で定められています。さらに、意図的に差押えを妨害したと判断された場合は、強制執行妨害罪として刑事責任を問われるリスクも否定できません。
これらのリスクを回避するためには、通知書を受け取った段階で速やかに法的な専門家に相談し、適切な対応方針を確立することが不可欠です。社会保険労務士や弁護士など、労働法や民事執行法に精通した専門家のアドバイスを受けることで、法的義務を適切に履行し、会社の利益も最大限に守ることが可能です。特に、従業員への説明方法や社内での情報管理についても専門的な指導を受けることで、職場環境への悪影響を最小限に抑えられます。
債権差押通知書が会社に届いた時の対応の流れと注意点
もしも会社に「債権差押通知書」が届いたら、「今すぐ対応しなければならない法的な指示」を含んでいるため、絶対に放置してはいけません。「突然のことで驚く方も多いはずです。内容を正しく理解し、決められた手順で動くことが会社の責務になります。ここでは、会社がとるべき具体的な対応の流れについて解説します。
通知書受領後に会社が行うべき初期対応
債権差押通知書を受け取ったら、会社としてまず行動すべき初期対応について解説します。
1.通知書の内容確認と受領日の記録
通知書には債務者である従業員の氏名、債権者情報、差押対象となる債権の種類と金額、執行裁判所名などが記載されています。これらの情報を正確に把握してください。受領日は法的に重要な意味を持つため、受け取った日時を明確に記録しておきましょう。
2.社内での情報共有
社内の関係部署(人事部、経理部、法務部など)に速やかに情報を共有します。この段階では、対象となる従業員への直接的な通知は控え、まず会社内部での対応方針を検討することが大切です。
3.差押対象債権の確認と算出
給与差押の場合、差押禁止額を考慮した上で、当該従業員の給与額から差押可能な金額を正確に算出する必要があります。退職金差押の場合も、退職金支給規程に基づいて支給予定額を確認し、差押可能額を算定しましょう。
4.回答期限の確認とスケジュール作成
通知書に記載された回答期限を確認し、必要な手続きのスケジュールを立ててください。通常、債権差押通知書には1週間から2週間程度の回答期限が設定されているため、期限内に適切な対応を完了させるための準備を速やかに開始しましょう。
執行裁判所への回答書作成と提出手続き
執行裁判所への回答書(債権陳述書)は、差押対象となる債権の存否や金額について会社が正式に回答する重要な書面です。この回答書の内容は今後の差押手続きに大きく影響します。そのため、正確に作成することが求められます。
回答書には、まず対象従業員の在籍状況を明記します。在籍している場合は勤務部署、役職、雇用形態(正社員、契約社員、パートタイマーなど)を記載し、既に退職している場合は退職日と退職理由を明確に記載する必要があります。給与差押の場合は、基本給、各種手当、賞与の支給状況と支給日を詳細に記載し、社会保険料や税金などの控除項目についても正確に申告しなければなりません。
退職金差押の場合は、退職金規程の内容、支給要件、支給時期、支給予定額を具体的に記載しましょう。退職金制度がない場合や、懲戒解雇等により支給されない場合は、その旨を明確に回答する必要があります。また、既に他の債権者からの差押えがある場合は、その詳細も併せて報告しなければなりません。
回答書の提出は、通知書に記載された期限内に執行裁判所に対して行います。提出方法は郵送が一般的ですが、重要書類ですので配達証明付きの書留郵便での送付を強くお勧めします。提出が遅れた場合、会社が過怠金を課せられる可能性があるため、期限管理を徹底することが重要です。
なお、回答書の内容について疑義がある場合や、複雑な事案である場合は、労働法や執行法に詳しい弁護士に相談しましょう。特に、差押対象債権の範囲や差押限度額の計算は専門的な判断が求められます。迷った場合は、早期に専門家に相談することをおすすめします。
従業員への通知と説明を適切に行うために
債権差押通知書を受け取った後、対象となる従業員への通知は、非常にデリケートな問題です。従業員のプライバシーに深く関わるため、細心の注意を払う必要があります。
従業員への通知は、まず人事担当者または直属の上司が個別に、他の従業員が関与しない場所で行うことが基本となります。通知の際は、例えば下記のような内容を冷静に、事実に基づいて説明することが重要です。
(説明例)
「〇〇さん、実は裁判所から債権差押通知書が会社に届きました。これは〇〇さんの給与の一部が差し押さえられるという内容です。会社として、法的な義務がありますので、給与から〇〇円を差し引かせていただくことになります。これは会社の判断ではなく、裁判所の決定に基づくものです。」
説明の際には、会社として法律に基づいて対応する義務があることを伝えると同時に、従業員の個人的な事情について詮索したり、批判的な態度を示したりしないよう注意が必要です。むしろ、従業員が置かれている状況に理解を示し、可能な範囲でサポートする姿勢を示すことで、職場での人間関係や業務への影響を最小限に抑えられるはずです。
また、従業員から債務整理や返済に関する相談を受けた場合は、会社として直接的なアドバイスを行うのではなく、弁護士や司法書士などの専門家への相談をおすすめしましょう。債務整理手続きにより差押えが停止される場合もあるため、従業員にとって最適な解決方法を見つけるためにも、専門家のサポートを受けることが重要であることを伝えてください。
給与差押の実務的な処理方法
給与差押処理において最も重要なのは、従業員の最低限の生活を保障しながら、会社の法的義務を適切に履行することです。民事執行法では、労働者とその家族の生活維持のため、給与の一定額を差押禁止額として定めています。まずは、この仕組みを正しく理解しましょう。
差押禁止額の計算と控除可能な項目
給与差押の実務で最も重要なのが、この「差押禁止額」の計算です。従業員の生活を守るために、法律で定められた重要な規則です。
民事執行法第152条では、給与の4分の3に相当する金額、または政令で定める額(月額33万円)のいずれか多い方を「差押禁止額」として、従業員の生活のために保護しています。
具体的な計算方法を、以下のケースで見ていきましょう。
■ 月給30万円(手取り見込額25万円)の場合
・総支給額:30万円
・法定控除額:5万円(社会保険料・税金など)
・手取り見込額:25万円
・手取り額の1/4:6万2,500円
・民事執行法の差押禁止額(33万円)超え:該当なし(手取り25万円のため)
・差押可能額:6万2,500円
■ 月給50万円(手取り見込額40万円)の場合
・総支給額:50万円
・法定控除額:10万円(社会保険料・税金など)
・手取り見込額:40万円
・手取り額の1/4:10万円
・差押禁止額(33万円)を超える部分:7万円(40万円 - 33万円)
・差押可能額:
→ 手取りの1/4(10万円)
→ 差押禁止額を超える部分(7万円)
この 2つのうち高い方=10万円
・手取り25万円なら 6.25万円が差押えの上限
・手取り40万円なら 10万円が差押えの上限(※差押禁止額も考慮した結果)
注:これはあくまで簡易的な計算例です。実際の計算は個別の状況や具体的な法定控除額によって異なりますので、必ず専門家にご確認ください。
控除可能な項目についても正確な理解が必要です。差押禁止額の計算基礎となる「給与」には、基本給、諸手当、賞与が含まれます。ただし、社会保険料、雇用保険料、所得税、住民税といった法定控除額は、差押禁止額の計算前に控除することができます。つまり、総支給額から法定控除額を差し引いた手取り見込額をベースに、差押禁止額を計算することになります。
注意すべきポイントとして、扶養家族がいる場合の特例も存在します。扶養親族1人につき月額4万5千円(義務教育終了前の子については月額5万5千円)を差押禁止額に加算できる制度があります。従業員から申し立てがあった場合は、戸籍謄本などの必要書類を確認の上、適切に加算処理を行いましょう。
給与計算システムでの差押処理の設定
給与計算システムを導入している場合は、システムを適切に設定することも忘れてはいけません。
まず、システム内に「債権差押」や「給与差押」といった控除項目を新規作成します。この項目は通常の控除項目とは性質が異なります。そのため、税務上の取扱いや社会保険算定への影響を考慮した設定が必須となります。差押額は所得税の課税対象とはなりませんが、社会保険料算定の基礎となる報酬月額からは控除されない点に注意してください。
計算順序の設定も重要なポイントです。一般的な処理順序は次の通りです。
1.総支給額の確定
2.法定控除額(社会保険料、雇用保険料、所得税、住民税)の計算
3.手取り見込額の算出
4.差押禁止額の計算
5.差押可能額の決定
6.実際の差押額の確定
システムによってはこの計算を自動化できる機能もありますが、計算結果は必ず手動でも確認するよう習慣づけてください。
また、差押期間の管理機能も重要です。差押通知には通常、差押期間や満額回収までの予定回数が記載されています。システム内で差押開始月と終了予定月を管理し、毎月の差押処理を自動化できるよう設定することで、処理漏れや過剰な差押を防ぐことにつながります。データの履歴管理機能を活用し、各月の差押額、累積差押額、残債務額を把握できるようにしておくことも、債権者への報告や従業員への説明のために役立ちます。
従業員への給与明細書の記載方法
給与明細書への記載は、従業員の理解と、ひいては信頼関係を維持するためにとても重要です。差押処理が行われていることを適切に伝え、なぜその金額が控除されているのかを明確にする必要があります。
控除項目の記載では、「債権差押」「給与差押」「強制執行」などの名称を使用します。曖昧な表現は避け、法的な処理であることを明示してください。金額については、当月の差押額だけでなく、可能であれば累積差押額も併記することで、従業員が返済の進捗を把握できるようになります。
備考欄には、差押の根拠となる執行機関(裁判所、税務署など)や事件番号を記載することが一般的です。ただし、プライバシーへの配慮から、詳細な債権者名や債務内容は記載しないことが多くなっています。従業員から詳細について質問があった場合は、差押通知書の写しを提供するか、直接執行機関へ問い合わせるよう案内しましょう。
明細書とは別に、差押処理についての説明書面を作成し、初回差押時に交付することをお勧めします。この書面には、差押禁止額の計算方法、扶養控除申し立ての手続き、債権者との直接交渉の可能性、専門家への相談の重要性などを記載し、従業員が適切な対応を取れるようサポートしてください。
給与差押は従業員にとって大きな精神的負担となる出来事です。人事担当者としては、法的な義務を適切に履行しながらも、従業員の尊厳を尊重し、可能な限りサポートする姿勢を示すことが重要です。
まとめ
会社の従業員に借金があり、滞納していた場合に、給料を差し押さえるために会社に債権差押通知が届くことがあります。債券差押通知書を受けた際は、その法的手続きの性質を正しく理解し、冷静かつ迅速に対応することが何よりも重要です。差押えは裁判所を通じた正当な手続きであり、会社として適切に協力する義務がある一方で、従業員のプライバシー保護や労働環境への配慮も欠かせません。
給与差押えの場合、差押禁止額の計算や毎月の送金手続きなど、継続的な事務処理が発生します。これらの業務は正確性が求められます。こうした複雑な状況に直面した際は、労務問題に詳しい弁護士や社会保険労務士といった専門家への相談をおすすめします。
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